苦手なりの受験英語(アルク版)

英語ダメ人間のなり方(15)

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高3のときの4月のある出来事について書きましょう。
高3では「サイドリーダー」という授業がありました。
英文(長文)解釈の授業ですね。普段のリーダー以外に、我が校ではこうした授業があったのです。
講師は若い人でした。たぶん初めて教壇に立った新任の教師であったような気がします。

最初の授業で彼はこう言いました。
「今回やる英文(長文)で今君が知らない単語に鉛筆で丸をしなさい」

我々は素直に丸しました。

その後、彼はこう言いました。
「終わったかな? この長文で丸した単語が5個以下なら偏差値70くらいでしょう。10個以下なら60ぐらいかな?15個以下なら大変だぞ。55ぐらいだ。20個って人がいるかもしれないけれど、まあ50はあるでしょう。頑張ってくださいね。さあ授業に入りましょう」

私はそのとき先生にこう尋ねました。「先生! 40個の私はどうすればいいんですか?」

先生はにやっと笑ってこう言いました。「はは、そんな冗談は面白くないですよ。この学校にそんな生徒はいないでしょう。さあとっとと始めますよ」

実は40個というのは確かに嘘でした。実際は50個以上あったのです。ええかっこしいの私はこれでもサバをよんだのです。
この新任の先生には私のような生徒を信じられなかったのかもしれません。この学校の英語のレベルはそれなりに高かったからです。この学校の高3の中には、中1の実力もない生徒などいるわけがない、と思っていらしたのだと思います。

・私は蚊帳の外か。
・この授業も私にはついていけないだろうな。

予測は大当たりでした。というか、私は中学高校で英語が赤点以外になったことがないですからね〜w(赤点ぎりぎりではないですよ。ズバリ赤点だったのですよ。うちの学校は10段階評価で4以下が赤点でしたが、私はそれなりに良いときは「4」悪いときは「3」でした。なにせ学年最低点獲得者ですからね〜w)

さて、高3はそれなりに頑張ってなんとか卒業だけはできました。もちろん大学はどこにも受かりませんでした。卒業するときに英語の教師にこう言われました。「お前はよく卒業できたね」 高校卒業できたのは本当に奇蹟だと思っています。態度だけは品行方正であったから「お情けで卒業させてもらった」のが真実だと私は思っています。

私の中学高校の青春は英語によって全て奪われました。ちなみにこのあとの2年間も厳しい浪人生活で遊べませんでした。18,19,20歳というもっとも楽しい遊びができそうな時期も遊べませんでした。大学生になった同級生の誘いをけり、やりたくもない英語の勉強ばかりやった2年間でした。

私が大学に受かったとき「もう英語の勉強をしなくていい! ばんざーい!」という感想を持ちました。これはそんなに変なことでしょうか? 私がどれほど喜んだかわかりますでしょうか?

そして…
以下の言葉が、私には不快極まりないことがわかりますでしょうか?

「英語って楽しいよね〜」
「さあ英語を好きになろう」
「英語を楽しもう!」
「英語なんて、ちょっとやればできるだろうに、なんでそれをやろうとしないの?」

以上は中学高校のときに英語教師たちにさんざん言われた言葉です。
大学に入れたのでどうやらやっと「ちょっと」勉強したらしいです。以降私の頭の中で「ちょっと勉強する」とは「8年間勉強する」と定義づけられました。
もう二度と「ちょっと」の勉強などしたくありません。
英語によって奪われた中学高校、そして浪人の2年間…「合計8年間の青春」を私は返して欲しいと願うのみです。

あ、そうだ、

「英語ぐらいできて当たり前でしょ?」

という言葉もよく教師から言われました。
この言葉がいかに不快かわかりますか?

こうした言葉を浴びせ続けられて、私は英語ダメ人間になったのです。

今回のシリーズは以上です。いかがでしたでしょうか?
次回は雑談で〜す。水曜日に更新です。

次のシリーズ「英語好き人間と英語嫌い人間の法則」の第1回目はこちらです。

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