苦手なりの受験英語(アルク版)

高校の英語の授業を英語でしたら…(6)

「高校の英語の授業を英語でしたら」の続きです。

今日も「現場を知らぬ偉い人の妄想(ファンタジー)」の続きです。
今回も「リーダーの授業編」です。リーダーって、受験英語的には「英文解釈」と言われるものです。少なくとも今までの高等学校の英語教育では。
要するに、長文がどべーっと教科書に書いてあり、生徒側はこの意味を解読するわけです。普通は「和訳例」を授業で求められるはずです。生徒には「和訳例」を求めるのに、どうやって先生は「英語のみ」の授業をするんでしょうね?

私が考えた対処法は2つ。

、和訳例は日本語で言う
、与えられた英文の意味を(より簡単な)英語で説明する

今回は、「、与えられた英文の意味を(より簡単な)英語で説明する」←こちらに考察します。

おそらく、幼稚園生の脳みそさんたちは、1より2をイメージしたのではないかと思います。
なぜなら、英会話スクールの形式は1ではなく2だからです。

例えば↓こんな感じになるでしょう。

、の具体例
先生:“I must appologize to him for that.”That means … I must say to him " I'm sorry for that."
こんな感じですね。言い換えてあげるわけです。

こんな(比較的)やさしい英文に言い換えてあげればだれでも意味が分かり、英語ができるようになるはずだ!…とあなたは思うかもしれません
しかし、私はこのようなやさしい英文ですら、苦手な人は意味が分からないと思っています。
高校生の時の私なら sorry という言葉の意味さえ分かってないです! その段階でこの英文の意味は分からないw
 つまり、苦手な人は「やさしい単語の意味さえ覚えていない」⇒「英文の意味が分からない」となるのです。それだけではない!
それに加え、英語が苦手な人は「たとえ単語の意味をたまたま全部知っていても、その英文の意味を間違う」から英語が苦手になるのです。(偉い人は「こんなやさしい英文でも意味を間違う高校生がいるんだ!」という現実を無視すると思います)
苦手な人は言い換えたって、意味が分からない。意味がない。

まして↓こういう英文だったらどうでしょう?

By the time I was thirteen or fourteen I began to try to know myself, the sort of person I was, what I could attempt successfully, and the things that I was no good at and that I must not waste time over.

やさしく、言い換えられますか?
ちょっとやってみますか…

I had some things. I began to try to know them by thirteen or fourteen years old. One of them was what sort of person I was. Another was what I could attempt successfully. Others were the things that I was no good at and that I must not waste time over.

う〜ん。こんな感じですかね? あまり言い換えられなかったなあ。
仮にもっと上手く言い換えられたとしても、意味が無いでしょう。苦手な人にとっては。
大体 what の意味の取り方を英語の苦手な人は完全に誤解します。英語の苦手な人は100%関係代名詞が苦手ですから。

つまり、英語苦手な人は「やさしく言い換えた英文」ですら意味が分からないのです。
単語もそうですが、文法が分からないため、さっぱり分からないのです。
しょうがないので、英語が苦手な人は意味を「こうかな?」と想像するのですが、これが大体大間違いなのです。

このように「英語のみ」でやろうとする英会話スクールは結構あるともいます。
だから
⇒英会話スクールでついていけなくなる人は、「言い換えた英文の意味がわからないよう」とか「なんでそんな意味になるんだあ〜分からない」となって挫折するわけです。

 ↑この状況を、幼稚園生文部科学省の偉い人はどう思っていらっしゃるのでしょうか?
もしかしたら、彼らはこうした「ついていけない人の発想」を想像できる能力が無いのかもしれません。
彼らは、このやり方でついていけるし、その結果、英語ができるようになったのだと思います。
私はできたのだから、みんなできるにはずだ!
という具合です。

私に言わせれば「彼らは視野が狭すぎる!」

彼らは
「このやり方で挫折して苦しんでいる人たちの姿が目に入らない」
「苦しんでいるのは単に努力が足りない所為だ」としか思えない
という状況判断能力悪い、「自分の視点からしか見ない視野の狭い人」ではないかと思います。

次回からは、「実際行われたらどうなるか」というのを予測してみようと思います。この予測内容は次回の1回だけでは紹介しきれないと思います。

次回は木曜日です。

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